2021.12.28

第三十六回 私たちはどんなまちに暮らしたいのか

日本再生可能エネルギー総合研究所 北村

 二つ前のコラムで、脱炭素を進める「目的」の話をしました。
 温暖化を食い止め、持続可能な地球の未来を維持するためというのが、もちろん目の前にある目的です。しかし、個別の地域を考えた時、そこで生活する人たちと子供たちが長く安心に暮らせるまちを目指すことに必ず結びつくと私は書きました。目的は、つまり持続可能な「まちづくり」です。脱炭素も再生エネもSDGsも最終的には、ずっと住みたいまちをどう作り出すかの手段でしかないのです。

 そこで取り上げた本が、「人口減少社会のデザイン」(著者:広井良典)でした。
 急激に進む人口減少社会の中で、どのように地域のグランドデザインを描くかを説いたものです。前回は、人口減少=即、悪いということではなく、どんな構想を持ってまちをデザインするかが重要だという内容をお話ししました。今回のコラムでは、この本のもうひとつの内容をご紹介します。
 それは、日本がこれまで取ってきた地域の構想とデザインについてです。
 今、地方ではかっての中心街が軒並みシャッター通りに変貌(へんぼう)するという衰退化が進んでいます。これは、小さな都市に限らず、県庁所在地でも同様な現象に悩まされています。一方で、大型の郊外ショッピングモールは近郊の町から車で押し寄せる人たちでにぎわいを見せている現実があります。モールの運営や店はほぼ全国的な資本で構成され、ある意味、画一化されています。地元の商店は落ち込み、大きな資本が地域を凌駕(りょうが)していると言い換えてもいいでしょう。

 広井先生はこう書いています。
 シャッター街と郊外型モールの広がりは、日本の戦後の地域デザインの成功だというのです。戦争からの地域の復興にあたって、政府は欧州型のこじんまりした地方文化を残すデザインではなく、アメリカ型の大量の車でアクセスできるショッピングモール方式を指向し、現状はそれがうまくいった結果だというのです。これも私にとっては目から鱗(うろこ)でした。
 実際には、昔ながらの商店街より、近代的なモールが良いとと考える人もいるでしょう。しかし、もし、今のデザインが個別の地域やまちに必ずしも合っていないと感じるならば、もう一度、その構想から考え直すことが重要だと私は思います。もちろん、商店街か、郊外モールかの二者択一ではなく、選択肢は他にもあるでしょう。

 重要なのは、お仕着せではなく、自分たちが何を求めているのか、地域の中で話し合い、デザインしていくことです。まちづくりの要素のひとつにエネルギーがあると考えてください。特に再生可能エネルギーは、地域密着型の資源です。何度も繰り返しているように、今、政府は、脱炭素を地域主導で進めようとしています。そして、中心政策のひとつである「脱炭素先行地域」の定義として、カーボンニュートラルを進めることで地域の課題解決に結び付けること、を挙げています。このコラムの冒頭に書いたように、脱炭素はあくまでもツールであり、目的は「持続可能で豊かな暮らしができるまち」だと政府も認めているのです。再生可能エネルギーによる課題解決は、新しいまちづくりのデザインの強力な助っ人になる可能性を秘めています。

 コロナが少し落ち着いているすきに、東北や九州などいくつかの地域を回る機会を持つことができています。
 JEPXの大きな変動などで、既存の地域新電力の経営について厳しい局面が続いています。しかし、これから自治体新電力や地域新電力を設立しようという動きは必ずしも衰えてはいないようです。ただし、その目的は変わってきています。電力小売りによる利益の期待は減退し、一方で、地域課題解決に関して自治体をサポートする期待が大きく膨らんできています。そして、一部の地域の人たちの中からは、地域新電力の最終目的は、まちづくりだと断言する声さえ珍しくなくなってきました。

 脱炭素、SDGsなど、耳あたりのよいテーマがマスコミなどをにぎわしますが、多くの人たちにとっては、どうしても上滑りするスローガンにしか聞こえていないのではと、ずっと心配していました。CO2削減を掲げる激しいデモさえ珍しくない欧米に比べ、日本では、なかなか自分のこととしてとらえられていないように見えます。
 しかし、一見難しそうな課題がじわじわ浸透する過程で、まちづくりという自分の問題ととらえられ始めているのかもしれません。まず目的をじっくり考えること、そして、目的と手段を混同せずに見極め行動することが肝心です。じわりと揺れる地域の地殻変動に合わせて、地域新電力もよい意味で変容していかなければならないと強く感じています。

以上

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