2021.10.1

第三十一回 「安い日本」が招くエネルギーのリスク

日本再生可能エネルギー総合研究所 北村

 最近、「安い日本」という言葉を聞く機会が増えています。どうですか。
 安いとは何かというと、この場合、日本の物価が安いということです。また、円が安いということでもあります。あら、日本の物価が安いなら、私たち消費者にすれば悪くない気がします。さらに、円高は輸出にマイナスと考えると、円安ならプラスと考えてしまうでしょう。
 ところが、そうはいかない、というのが今日のお話です。

 直近の例からお話ししましょう。アップル社の新製品が9月中旬に発表されました。私もiPad miniの愛用者なので、新型miniに興味津々です。ところが、新しいiPhone 13の日本での販売価格が「日本人平均月収の6割」に達したというのです。日経新聞9月16日の記事には、価格が「10年で3倍の19万円」となったとありました。もちろん、一般的に新製品が高い傾向はあるでしょう。しかし、日本でのこの原因は、「バカ高い新製品の値段のつけ方」ではなく、「バカ安い円の価値」の結果なのです。つまり、例えばアメリカでは、まあこんなものかな、と評価されているはずです。
 現象はiPhoneにとどまりません。海外からの輸入品はどんどん値上がりし、一方であらゆる国産のモノやサービス、賃金などが外国に比べて安くなっているのです。各種のデータがはっきりとそれを示しています。国内にいると、物価が下がるのはありがたいと思いがちです。また、長年、円高は輸出大国の日本に悪いと刷り込まれてきているので、円安=良い、と思ってしまう人が多いのです。その感覚ははっきり言って間違いです。このままだと、日本は貧乏国にまっしぐらです。

 バブル崩壊後、日本の経済は停滞したままです。大方の先進国が物価も所得も上がる中、日本はともに下がりました。両者の格差は、思った以上に拡大したのです。一人当たりのGDPはOECD諸国で最低ラインまで下がり、所得の平均は韓国にも抜かれました。それまでの豊かさの手持ちで、経済大国という面目が保たれていたのですが、貯金が尽きました。経済政策、対策の貧困さが背景にあります。一部の輸出産業を守るために円安政策が取られたこと、企業が利益を従業員に正当に配分してこなかったこと、かくして日本は世界に取り残されました。
 勘違いしている人も多いのですが、日本は輸出大国ではありません。経済全体に占める輸出の貢献は2割程度でしかなく、本当の大国、ドイツの半分以下です。さらに多くの生産拠点はすでに海外にあります。原料や食料品など輸入の比重が高いので、円安に振れるとなんでも高くなります。
 最近、カニなどの高級魚介類が日本に入らなくなりました。円の力が弱く結局、割高で買えないのです。それどころか、国内産のウニでさえ、高く買ってくれる中国などに流れます。今はコロナで海外からの観光客はほとんど見ませんが、日本にやってくる多くの観光客の動機は必ずしも美しい景色やおいしい食べ物ではありません。日本のホテルや料理が安いからなのです。
 昔、円が強く、日本の物価がまだ高いといわれていたころは、海外に行くと“豪遊”できた経験を持つ人はまだ残っています。私もそのひとりです。これが逆転してしまったと思えば、理解ができるかもしれません。日本は、安く、貧しい国に向かって転げ落ちているのです。

 さて、エネルギーもある種のモノなので同じ仕組みです。日本はエネルギー自給率の極端に低い国の一つです。現在主力の天然ガスなど化石燃料は、輸入品です。安い国日本は、他の国と比較して、高いお金を払わないとこれらの原料を手に入れることができません。原発の原料であるウランも同じく輸入です。
 対処法は2つあります。
 まず、完全な自前のエネルギーである再生エネを増やすことです。再生エネ電力の拡大に最大の貢献をしたFIT制度ですが、賦課金が高いなどデメリットばかりを強調する人がいるのはご存じのとおりです。ところが、自前の電力が増えたことで化石燃料の輸入が大きく減ったことについては、彼らは触れることはまずありません。政府の統計によると、2019年度の化石燃料の輸入額はおよそ17兆円です。再生エネの拡大は、確実に、兆単位での円の流出を食い止めてきています。
 また、同じようにFIT賦課金を目の敵にする人は、これまでの原子力や火力発電に対する莫大な政府の補助を忘れています。いや、忘れたふりをしています。また、エネルギーの研究開発費が長年圧倒的に原発に投入されていたことを指摘しません。福島事故までは全体の7割、その後も3割を確保してトップです。
 海外へのお金の流出を防ぐ意味でも、完全な自前のエネルギーである再生エネを圧倒的に増やす必要があります。

 もう一つは、やはり経済の基本的な仕組み、特に利益の分配を正当に行って所得水準を上げることです。給料が上がらないから安いものにしか目がいかず物価は低迷する、という負のスパイラルを断ち切る必要があります。そうすれば、円の力は復活し、必要なエネルギーを正当な価格で手に入れることができます。食料やその他の品も同様です。

 これまで日本は経済大国、豊かな国を前提として様々な政策や利便性などが語られてきました。すでに日本は経済的に二流国、少し下駄をはかせても1.5流国です。経済に余裕がなければできないことも少なくありません。エネルギーに限りませんが、ギリギリ瀬戸際の中で、現状認識を正しく持って、思い切った転換を図る必要があります。

以上

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