2021.8.5

第二十七回 脱炭素実現を巡るすり替え議論

日本再生可能エネルギー総合研究所 北村

 昨年の政府のカーボンニュートラル宣言以降、脱炭素とその達成のための再生エネの拡大の必要性については、ほぼ合意形成ができました。そして、議論はどのように目的を達成するかという方法論に重きが移ってきています。
 この間、政府はグリーンイノベーション成長戦略を改訂したり、2030年までの目標CO2の46%削減を地域主導で行うため、温対法の改正や地域脱炭素ロードマップを打ち出したりと大忙しです。また、電力の脱炭素政策の柱となる「第6次エネルギー基本計画」の素案を作って、電源ごとの割合のベースを発表しています。正直言って、世界が進めている脱炭素の方向性とこれまでずれがあったため、修正のために慌てふためいている感は否めませんが、それでもこのところの動きはスピードを感じます。

 ところで、その中でいつものように我田引水のご都合主義的な論理展開が目立つようになってきました。ひとつは、日本の再生エネ電力のポテンシャルに関することで、特に太陽光発電について、もうこれ以上は入れるのは難しく、他の低炭素電源を活用すべきというお話です。他の電源というと、これも判で押したように「原発を含めて」となっています。
 具体的な例を挙げてみましょう。
 8月のある日の某主要紙にどんと載せられた記事があります。ある研究機関の主任研究員が署名入りで(といってもこの新聞から頼まれたのでしょう)書いたものです。どの新聞とか誰とかはそれほど重要でなく、その論理展開がポイントです。もちろん、内容には私も普通に同意する部分も少なからずあります。そこはきちんと書いておきます。

 さて、スペースがあまり無いので、特に記事の太陽光発電についてお話ししましょう。
 記事の筆者は、日本の太陽光発電の導入量が諸外国に対して高いことを強調し、「太陽光発電導入量は中国、米国に次ぐ世界3位。平地面積当たりでは2位のドイツに2倍以上」と記しています。最近エネ庁が好んで使う、国土面積当たりと平地面積当たりの導入量の図を見せ、日本のトップを示しています。ここまでは、特に間違いはありません。ところが、あっという間に飛躍します。
 「屋根上や駐車場上などを丁寧に開発することが必要」と正しい提案の次に、突然「それだけでは不十分なので、他の低炭素電源の確保を進める必要がある」と続きます。そのまま読むと流されてしまいますが、筆者は「不十分」の根拠を全く示していません。確かに、太陽光発電の導入に関して日本は世界に遅れているわけではありません。昔、断トツの一位だったものが一時期かなりひどい状況だったものが、FIT制度によってここまで持ち返してきたことは忘れてはいけませんが。どちらかというと、風力に頼りすぎていたドイツはやっと太陽光発電の割合が増えてきたというのが正しい見方です。

 話を戻しましょう。
 (面積当たりの)導入量が一位という事実は、これ以上入れるのは難しく屋根などを足しても不十分なこととイコールではありません。ちなみに、自然エネルギー財団や他の大学などの複数の研究資料を見ると、戸建ての屋根上や荒廃農地、立地未決定産業用地などを合わせると500GW程度のポテンシャルがあります。これらのデータを無視するかのような議論は、主任研究員という肩書とのバランスを疑われても仕方がないでしょう。
 以前から、この手の論理をかざす方々はたくさんいました。最初は、こぞって再生エネは高いのでまったくコストが合わず、再生エネ主力電源化は無茶だと言っていました。また、ドイツについても再生エネ政策は破綻し電気料金の高騰に苦しんでいる、話でした。いつの間にか、再生エネ導入は当然と変わり、今度はもうこれ以上は土地がないと言い出したのです。また、再生エネ発電の技術発展をカウントしなかったり、柔軟性を蓄電池の導入だけで計算したりで、再生エネ電力を増やすと電気代が何倍にもなるとも言い始めました。

 問題は、多くの場合、一見データに基づいて議論しているように見せて、実は肝心なデータを用いなかったり、無視したりしている点です。この記事はその例ともいえそうです。
 原発について、この記事でもかなりの行数を使っています。「政府が原子力技術の位置づけを明確に示す必要」という意見に私も全面的に賛成です。しかし、その前にある、「原子力を欠いて日本のカーボンニュートラルを実現することは極めて困難」については、その根拠を全く示していません。
 欧米の多く、また中国などでは原発を捨てていないことはその通りです。しかし、そのすべてで地震がほぼない場所に立地していることを語らないのは、同様な論理思考をする人たちに共通しています。

 コラムの目的は、個別の署名記事や研究員などへの非難ではありません。何度も繰り返されるご都合主義の論理展開に対する読者への警報のつもりです。ドイツでも同様のことが長く行われ、今でもかなり影響力のあるメディアもその中にいます。また、ドイツに住んでいるというだけでその記事を日本に紹介したり、専門家でないのに誤った知識で書籍にしたりするという人さえいるのには情けない気にもなります。
 今回もちょっと変わったテイストになりましたが、脱炭素が強力なトレンドになった今だからこそ、気を付けて情報に当たってもらいたいと思い、これを書きました。

以上

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